海野十三 鞄らしくない鞄

海野十三,日本におけるSFの始祖となった小説家。本名は佐野昌一。徳島市の医家に生まれ、早稲田大学理工科で電気工学を専攻。逓信省電気試験所に勤務するかたわら、1928(昭和3)年、「新青年」に『電気風呂の怪死事件』と名付けた探偵小説を発表して小説家としてデビュー。以降、探偵小説、科学小説、加えて少年小説にも数多くの作品を残した。太平洋戦争中、軍事科学小説を量産し、海軍報道班員として従軍した海野は、敗戦に大きな衝撃を受ける。敗戦翌年の 1946(昭和21)年2月、盟友小栗虫太郎の死が追い打ちをかけ、海野は戦後を失意の内に過ごす。筆名の読みは、「うんのじゅうざ」、「うんのじゅうぞう」の二通りが流布している。丘丘十郎(おか・きゅうじゅうろう)名でも作品を残し、本名では電気関係の解説書を執筆している。

鞄らしくない鞄
    事件引継簿(ひきつぎぼ)

 或る冬の朝のことであった。  
重い鉄材とセメントのブロックである警視庁の建物は、昨夜来の寒波(かんぱ)のためにすっかり冷え切っていて、早登庁(はやとうちょう)の課員の靴の裏にうってつけてある鋲(びょう)が床にぴったり凍(こお)りついてしまって、無理に放せば氷を踏んだときのようにジワリと音がするのであった。朝日は、今ようやく向いの建物の頭を掠(かす)めて、低いそしてほの温い日ざしを、南向きの厚い硝子(ガラス)の入った窓越しにこの部屋へ注入して来た。  
そのとき出入口の重い扉がぎいと内側に開いて、肥(こ)えた赭(あか)ら顔の紳士が、折鞄を片手にぶら下げて入って来た。